誰のためのデザイン? - 認知心理学者のデザイン原論

私は情報学を専門として大学で何年も学んでいますが、正直、研究室にあるコピー機をまだうまく使いこなせていません。


本をコピーするときと書類をまとめてコピーするときではコピーする方法も違うし、本をコピーするときでも本を横に置くのか縦に置くのか迷うし、出力する用紙のサイズも迷います。まして紙づまりが起きたときは、どこに紙がつまってどうやって取り出せば良いのか分からなくてイライラします。「書類をコピーしたいだけなのに何でコピー機の中身を探らなきゃならないんだ?」とまったく不可解な気分になります(というか、今日もそうなりました)。


このような現象は日常のあちこちで見られ、あきらめのため息やささやかな悲劇(そして時には致命的な事故が)世の中にあふれる結果となっています。開け方が分からないドア、開封しにくいパッケージ、どこが点灯するか分からないライトのボタン、留守電の聴き方が分からない電話etc...


このような現象に対して「人がエラーを起こすのは、物のデザインが悪いからである」という説を打ち立てたのがD.A ノーマン氏であり、「誰のためのデザイン? - 認知心理学者のデザイン原論」という今回紹介する本です。1988年に書かれた本で、英題はThe Phychology of Everyday Things(後にThe Design of Everyday Thingsという名前に改題されました)です。割と有名な本みたいなので知っている方も多いかもしれません。


D.A ノーマンという人は認知心理学者であり、特にヒューマンエラー(人間の不注意によるミス)を専門としています。この人もフィールドワークの学者で、常にカメラを持ち歩き、「使いづらい!」とか「使いやすい!」といったデザインを写真に撮ってコレクションしているそう。本書でも、そのコレクションの一部を垣間みることができます:)


この本におけるノーマン氏の理論は次の2点に集約されます。それは「道具自身は常に、それをどう取り扱ったらよいかという強力な手がかり(アフォーダンス)をユーザに提供している」ということと「ユーザは道具を使う前に、その手がかりに基づいて、その道具をどう使うかという概念モデルを作り出し、その動きを心の中でシミュレーションしている(メンタルモデルを形成している)」ということ。本書はその2つの仮説に基づいて、様々な日常物の取り扱いエラーについて、具体例を挙げながら検証しています。


例えば、ボタンは押させることをアフォードし、ダイヤルは回転させることをアフォードします。物が何をアフォードするかは、その物のデザイン(形状、色、材質etc..)に依存します。このように「モノをどう操作できるのかが分かる手がかり」がアフォーダンスであると本書では論じられています。

「初めて見たモノでも、そのモノの形を手がかりにすることで、人間はその物をどう取り扱うべきかが分かる」というアフォーダンス説を初めて提唱したのはJJギブソンという認知心理学者で(確かギブソン氏の理論は「アフォーダンスは人間の経験に依らずに存在する」というなかなかラジカルなものだった気がしますが)、ノーマン氏はそのアイディアを「ヒューマンエラーを減らすためのデザイン手法」にまで拡張している、と言えます。


そのアフォーダンス(道具を取り扱う手がかり)に基づいて、「何をしたら何が起きるか」という因果関係をシミュレートしたモデルが「メンタルモデル」であり、「人間は道具を使うたびにこのメンタルモデルを心に描いてから行動をする」という説を本書は主張しています。そして作り出した「メンタルモデル」と、実際の挙動が不整合を起こしたときにエラーが発生し、ユーザは不快感を催すというわけです。


つまり、使いやすいものを作るには、ユーザに対して操作に関する適切な手がかりを与えつつ、どのようなメンタルモデルがユーザによって描かれるのかを注意深くデザインすることが大切になります。筆者の言葉を借りると、

「デザイナーは、起こり得るエラーが実際に起こることを想定した上で、そのエラーが起こる確率と、エラーが起こった時の影響が最小になるようにデザインしなければならない…」

という話です。


線路の踏切やガードレールによってユーザが危険な場所に足を踏み入れにくくなるといったように、「デザインに制約を与えることで事故を防ぐ」といった説が紹介されているのもまた面白いです。


この本を読んだのは2年前ですが、今読んでもやはり新鮮ですね。まだまだ世の中使いづらいものにあふれているなということに気づかせてくれます。


実は、このWebページの「人とモノとコンピュータの関係を考える」というテーマも、この本にインスパイアされているところが割とあったりします。私も世の中から複雑さや煩雑さが少しでも減ることを願っていますし、そのための技術を作り出したいと今も強く思っています:)


文体も堅苦しくなく、具体例が沢山挙げられていて読みやすい本だと思うので、日常のモノが使いづらいと嘆いている人は一読をオススメします。実際のモノ作りのデザインの現場に居る人は必読でしょう:)